東京新聞【昭和49年(1974)3月3日】より

いい演奏で恩返し
上智大オーケストラは、ウエーバーのほか武満徹作曲「弦楽のためのレクイエム」、ブラームス作曲「交響曲第4番」と、本職も顔まけの堂々たる曲目をひっさげてベルリンに乗り込む予定だ。
しかし、そうはいっても、問題は多い。往復の旅費、メンバー編成、試験・・・。
 「まず一人最低20万円はかかる往復旅費をどうするかです。結局個人負担ということにしたけど、親のスネをかじるのもいれば、建設現場で働いてお金をためようというものもいて、たいへんなんです。でも、みんな石にかじりついても“行くぞ”という決意・・・」(亀田君)
それとメンバーをそろえるのが大仕事。現在80人の部員がいるものの、現4年生は卒業して就職するものもいる。そこでOB,OGにも参加を呼びかけており、構想では、いわゆる“4管編成”百余人の大オーケストラに仕立てる方針。
「僕は卒業しちゃったけど、行けるものなら行きたいです。昨年、カラヤンさんが指揮してくれた時の身の引きしまる気分が忘れられません。やっぱりスゴイ人だと思う。いつの間にか音楽が引っぱり出されちゃう感じ・・・」というのは、昨年オーケストラ部長をつとめたトランペット奏者・富沢裕君(23)
この話のきっかけとなった隈部さんは「私が独断でやっちゃったことですけ、意外な発展をして・・・。でも、うれしくて、いまから興奮しています。なんとかお金をつごうして、私も行きたい。そして力いっぱい演奏してカラヤンさんにお礼をいいたいわ」
こうして一行は9月10日前後に出発し、もし可能ならカトリック校上智大の修道会の総本山がある西ドイツ・ケルン市で一夜演奏し、それからベルリンへ入る予定にしている。
 見事優勝できるかどうかは、これから春休み、夏休みの“合宿特訓”の成果いかんだが、齋藤秀雄門下の俊才といわれる塩沢安彦さんが、みっちりしごくというからかなり有望。
 それよりも、現役メンバーの心配のタネは秋の試験が9月24日から始まることだ。
「9月22日にベルリンで終わって、23日に向こうを出発すると、24日の朝、羽田に着くことになるんです。だから、みんな旅行中に必死で勉強しなければならないし、羽田で飛行機降りたら、そのまま学校へ駆け込むことになりそうです。オーケストラ部員は全員留年なんてことになったら困りますからね」と亀田君はこの問題がいちばん頭が痛そうだ。
 ところで、カラヤン財団とは、10年ほど前にカラヤンが創設したもので、この学生アマチュアオーケストラ・コンクールのほか、プロ音楽界への登竜門である指揮者コンクールも開催しており、昨年は日本の小泉和裕さんが見事優勝している。カラヤンは財団のはかにベルリン・フィルの常任監督、生まれ故郷ザルツブルグの町での復活祭音楽祭も主宰し、映画プロダクションも持ってオペラ映画やシンフォニー・コンサートのドキュメント・タッチのフィルムも作るという多面的な活躍ぶり。
 もちろん、レコードでの人気も抜群で、“フルベン、カラヤン、卵焼き”と俗にレコード・ファンがいうほど。戦前派のフルトベングラーと並び戦後派にカラヤン・ファンが多い。
日本楽器が毎月2回発表しているベスト・セラー・レコードを見ても、昨年の通算で、上位20の中にカラヤン盤が5種、調査24回中、トップに立ったのが7回もある。
このようなカラヤンは、一般人にとっては近づき難い“雲の上の人”のように思えるが「むしろ人情味の厚い人」と、個人的にも親しい音楽評論家の福原信夫さんは語る。
「昨年秋、上智大学に行った時も、カラヤンから“どうしようか、私は行って学生たちに会いたいが・・・”と相談されたんですよ。そこで当時NHKにいた私は関係方面と調整して彼の希望、そして学生さんの期待をかなえることが出来ました。10分間が一時間近くに延びて彼も疲れたようでしたけれど、ホテルへの帰りの車で“楽しかった。僕はいいことをしたと思うよ”といっていました。私にも毎年クリスマス・カードをくれますし、学生たちの熱演が印象に残って、今度招く気になったのでしょうね。私は近日、ヨーロッパへ行き、オーストリアのリンツ市でカラヤンに会うことになっていますので、ぜひ学生たちの喜びを伝えましょう」
 関係者の一人であった福原さんは、わがことのように笑顔を見せている。

6月に腕試しの公演
また、青山学院大学オーケストラを率いてアメリカの演奏旅行に行き、2月末に帰国したばかりの指揮者・評論家の藤田由之さんは「そうですか。いいチャンスがつかめてよかったですね。私はこれまで青学大オーケストラと3回アメリカへ行っていますが、単に音楽面だけでなく、私たちが外側からながめてきた欧米を、その中に入って観察し、生活できるのが貴重だと思います。学生時代にこうした体験を持つことは、青春の思い出であるとともに、メンバーたちの人格形成に役立つでしょうし、そうであるような演奏旅行として収穫をあげて欲しいものです」と語る。
 そして、大学オーケストラの“名門”といわれる東大、早稲田、慶応などの各学生楽団は「うまいことしたなア」と一様にうらやましそう。
 最後に同オーケストラの“宣伝”を一つ加えておこう。6月24日、東京郵便貯金ホールで、第18回定期演奏会が行われる。ベルリンと同じ3曲を大熱演するとのことである。

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